「映画館」

いままさに佳境に入ろうとする映画を上映中の映画館。
一人の男が紙袋をもって、大きな音をたてながら入ってきた。
真ん中の列の真ん中の自分の席に到達するまで、人の足を踏んだり謝ったりで、
観客たちはいらいらさせられた。やっとのことで、男は席に坐ったが、やおら
紙袋からガサゴソとスナックを出し、隣の人に言った。「これ食べない？」
「いや、いらない」隣の人はささやき声で答えた。
こんどは男は後ろをむいてたずねた。「おい、そこのデブちゃん、これ食べない？」
「いや、いらない。それにオレはデブってなんかいないよ」
「デブちゃん、ソレあんたの彼女だろ？　これ食べない？」
「さっき言ったろ。オレはデブでないし、この人はオレの彼女じゃないんだ。
みんな映画を見てるんだから静かにしなさいよ」
みんなは、これで静かになるだろうと思ったが、この男は紙袋からコーラを出し
大きな音をさせて蓋を開けた。
「コーク飲む？」男は隣の男に聞いた。
「いや、いらん」
男はこんどは後ろをむいて、「デブちゃん、コーク飲む？」
「オレはデブではない。なんだあんたの態度は」
「はいはい。わかったよ。そんなにむきになるなよ。彼女！　コークは？」
「お前、よく聞けよ。オレはデブでないし、この人はオレの彼女じゃない！
頼むから映画を見なよ」
しばらくして、男はパンを取り出し、隣に勧めた。
「いや、いらん」
それで男はまた後ろをむいて、「デブちゃん、パンは？」
その瞬間、映画館のそこかしこで大きな声があがった。

「パンをもらうんだ、そこのデブ。もらうんだ」